logo

SAMPLE SITE

或る平穏なひととき

スガノ

 目が合って、嬉しそうに笑顔を見せてくれたラハの視線が私の全身へと向けられた瞬間、表情含め彼の動作全てがその場でぴしりと音を立てて固まった。

 驚きに見開かれた眼差しでもの言いたげに動かされた口は言葉を紡ぐことなく二度三度と戦慄いて、何を言われるのだろうと心なし身構えた直後、室内に響いたのは彼の声ではなくその手前にいたアリゼーの高く弾んだ声だった。

「なにその恰好! すっごく可愛い!!」

 瞬間的に驚きに染まった顔はすぐに喜色満面へと切り替わり、近くまで駆け寄ってきたアリゼーの陰に隠れてしまったラハがその瞬間どんな顔をしていたのか私からは見えなくなってしまったけれど、それに意識を傾けていられる暇もなく、いつになくハイテンションなアリゼーの勢いに押されるようにしてここに至るまでの成り行きをざっくりと説明する。

 実は少し前に石の家へ訪れていた子供が持っていたバケツをひっくり返し、通りかかった私がその水をかぶってしまったこと。運がいいのか悪いのか、そこに居合わせたタタルに有無を言わさぬ笑顔で着替えを勧められ、渡されたその服が普段ならまず自分では選ばないような可愛らしいものであったこと。更にはそれを着た私を皆が集まるこの談話室へと引きずり出してくれたこと。

 一部割愛した部分もあるが、大まかな経緯を説明し終えた私に向けられたのは一様に『ご愁傷様』といった非常に気づかわし気な眼差しで、その反応からもタタルの強引さは皆の中でも言わずもがな、ということなのだろう。

 とはいえ、その強引さを許容してしまった時点で自分に彼女を責める資格はなく、本当なら今頃濡れた装備の手入れに勤しんでいた筈なのにという未練は長い旅の間に培ってきた切り替えの速さで早々に諦めて、改めて室内へと視線を向けてみる。

 奥のカウンターに背中を預けているサンクレッドは、私が入ってきた瞬間こそ驚いた様子を見せていたものの今では微笑まし気な笑みを浮かべていて、その隣のヤ・シュトラも彼から状況を聞いたのだろうか柔らかな笑顔を見せてくれている。

 アリゼーに続いて傍に移動してきたアルフィノも、彼女の同意を求める言葉に穏やかに頷いて「よく似合っているよ」と肯定の笑みを見せてくれて、期待していたわけではないものの、仲間たちにここまで好印象を見せてもらえるのはやっぱりどうしたって嬉しいと感じてしまう。

 褒め上手なウリエンジェは兎も角として、私に対する遠慮や配慮、つまりは社交辞令といわれるもの一切が消失するらしいエスティニアンの意見も聞いてみたかった気もするが、所用で外しているのでそこは仕方がないと諦めた。

 これまでずっと戦闘続きで装いなど効率重視でしか考えてこなかったが、これからはもう少し自分の身なりに気を配ってみるのもいいかもしれないと、着せられた当初の不満はどこへやら満更でもない感想を抱きながらふと部屋の奥に佇むラハの姿を目に留めて──、ぎょっとした。

 何かに耐える様に顔を真っ赤にしながら、手に持ったカップをぷるぷると震わせ、まるで睨みつけるような強い眼差しを寄越してきている。

 ダンっ! と乱暴にカップが置かれ、真っ直ぐとこちらに歩いてくるラハの様子に驚いて目を白黒させている内に、目の前まで辿り着いた彼の手に手を取られて、そのまま部屋の外へと連れ出されてしまう。

「へ……? なっ、なに!? ラハッ!?」

 突然の彼の行動に驚きながら彼の名を呼んで、むっつりとしたまま前だけ見据えるラハの様子にこれは引き留めるのは無理だなと早々に見切りをつける。

 壁の陰に姿が隠れてしまいそうになる前に談話室の彼らに叫ぶように「ごめんちょっと席外すー!」とだけ伝え、強く腕を引かれているせいで足が床から浮き上がりそうになりながらも彼に与えられている部屋まで連れて行かれ、無言で室内に引きずり込まれて背中でばたんと扉が閉められる。

 そしてそのまま屈んだ彼に抱き締められて、一体これはどういう展開なのだと、私の頭の上には幾つものはてなマークが乱舞していた。

「……ラハ?」

 ぽんぽん、と。様子を窺うように彼の背中を軽く叩いて呼びかけるものの、案の定反応は返ってこなくて、困惑ばかりが大きくなっていく。

 さてどうしたものかと、この状況に対する対応策を思索し始めて、すぐにぽつりと小さな声が耳朶を打った。

「……なんで、そんな恰好してるんだよ」

「え? やっぱり似合わない?」

 咎めるような口調で告げられた言葉に、ラハには不評だったのかとしょんぼりと肩を落としたら、がばっと身体を離して肩を掴まれたまま真正面から否定の言葉が浴びせられた。

「違う! そうじゃなくて! 滅茶苦茶似合ってるけど!!」