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青のふたり

さち

 シャーレアン魔法大学の左手にあるベンチに腰かけ、グ・ラハ・ティアは目を閉じていた。ぴこぴことよく動く耳に、サリャク像から落ちる水の音や、森に住む鳥の鳴き声が聞こえてくる。いつもと変わらず友と学ぶ学生たちの声が、そこに混じって森に賑やかさを足していく。

 世界は滅びかけたけれど、少しずつ日々の喧噪を取り戻そうとしていた。

「ごめんね、呼び出したのに遅れちゃって」

 枝葉の隙間から漏れる日の光を遮って、グ・ラハに届く声があった。彼が目を開けると側には一人のミコッテの女性が立って、彼を覗き込んでいる。彼女はひとが光の戦士と呼び、あるいは闇の戦士と呼び、そして救世主と呼び、英雄と呼ぶ、自由を愛するムーンキーパーの冒険者だ。

 今日の彼女は普段好んで着るような、背中や脚を大胆に露出した服装ではなかった。ゆったりとしたアラミガンガウンとロングスカートを纏って、シャーレアンの平穏な時間に紛れている。よくよく見れば、彼女はラストスタンドのロゴが印字された袋を抱えている。

 グ・ラハが一人分スペースを詰めると、空いた席に彼女は座って微笑んだ。

「数分くらい構わないさ。どうせまた誰かの手助けでもしていたんだろう?」

「正解。よくご存じのようで」

 おおかた、冒険者が持っている袋もその『手助け』の礼だろう。グ・ラハがそう目星を付けたあたりで、彼女は「はい」と袋からパンを取り出した。

「ありがとう。あれっ、賢人パンじゃない?」

「今、ラストスタンドで流行りの『賢くないパン』だよ」

 感謝の言葉を述べて受け取ったそれは賢人パン―ではなく、小麦をふんだんに使った白パンだ。うっかり力を入れると潰してしまいそうなほどに、ふんわりと柔らかい。わくわくとして一口かじれば、グ・ラハの口の中にバターの香ばしさが広がった。後から小麦の甘さが舌を伝って追いかけてくる。賢くないとは言うが、上等なパンだ。

「うん、美味い! このパンだけでもいくらでも食べられそうだ」

「でしょ? 新作にするんだって。荷物運び手伝ったら、試作品貰っちゃった」

「まだ本調子じゃないだろうに、あんたはまた力仕事なんかして……できればもう少し傷が癒えてから動き回ってくれないか?」

「だって寝てるのには飽きちゃったんだもの」

 やれやれとでも言いたげに冒険者は肩をすくめた。やれやれと言いたいのはこちらなのにとグ・ラハは耳を伏せて軽くため息をつく。

 惑星ハイデリン―アーテリスの終末騒動。それは星の外、文字通り宇宙の果てまでをも巻き込んだ大騒動となった。結果として、確かに星の危機は去った。だが、その手で幕を降ろした冒険者は、いつ死んでもおかしくない姿でグ・ラハたちの元に帰ってきた。肉ごと切り裂かれ乾いた血のこびりついた裂傷、うっ血して青く変色した打撲痕、ぐずぐずとただれて引きつっている火傷跡―グ・ラハの血の気が引いたのは言うまでもない。

 魔導船ラグナロクで必死に行った処置で、彼女は意識を取り戻して歩けるまでには回復しはした。が、それでもそれは一時的なものにすぎず、シャーレアンに帰還した途端、冒険者は再びその場で意識を失ったものだから、大騒ぎで医療施設へ移されたのだ。

『オルシュファン達が夢に出た気がするし、もしかしたら本当に一回死んでたかもね』

 その後、喋れるほどに回復した頃に軽口を叩いた冒険者を、これまた鬼のような形相でアリゼーが叱ったのは記憶に新しい。

 現在は傷もふさがり包帯こそ取れたが、痛々しい傷跡はいまだに残っている。もう少し寝て休んで欲しいとは思うものの、大人しく寝ていてくれるひとでは無いというのを、グ・ラハはよく知っている。だから、出せるのはため息だけだ。

「まったく、言って聞くようなら苦労しないだろうしな」

「その言葉そっくりそのまま返すよ。水晶公殿?」

「ぐっ……。い、いや、それはそれだ! その……」

 改めて、グ・ラハは呼び出された理由を思い出して、彼女に呼びかけた。

「なあ、本当にやるのか?」

「嫌?」

「いや、では……ない……けど……」

 グ・ラハは冒険者から目を逸らしもごもごと言い淀んだ。嫌ではない。グ・ラハ・ティアも立派な一人の男である。興味も無いと言えば嘘になる。

 だが、世間体というものがある。それとこれとは別だ。

「あ、あっ……アオ……野外でのプレイなんて、誰かに見られたらどうするんだ」

「……へえー?」

 青姦と言いきれずに誤魔化したが、グ・ラハの顔はもう真っ赤だった。その様子を見た冒険者が、視線の高さを合わせて意地の悪い笑みを浮かべた。