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愛と薬と本心と

片桐 遊奈

 水晶公として第一世界で過ごした日々ももはや遠い昔のようで、懐かしい過去に思いを馳せる。今いるのは原初世界で、もう二度と戻ることはないと思っていた場所で、まだ不穏な火種はあるとしても未来で目覚めた時に比べれば平和だ。

 そしてここは暁の英雄と呼ばれる女性の部屋で、今は彼女の帰りを待っていた。

 扉が開かれるのはいつになるのか、そわそわと落ち着かない心地になる。

 そうして数時間、勝手知ったる彼女の部屋で過ごしてようやく扉が開かれた。

「ただいまグ・ラハ! はい、これ」

「おかえり。今回はまた、随分と多いな」

 淡い金色の髪のミコッテ族の女性。彼女が部屋に入ると同時に、ドサリと重そうな音を立てて箱が置かれた。その中身に目をやりながら、グ・ラハ・ティアは苦笑した。

 原初世界と第一世界の両方を救った英雄は、今でもクリスタルタワーにいる『水晶公』の力で二つの世界を行き来しているが、それができるのはこの世界で唯一彼女だけだ。いつかは、遠い未来まで紡がれた希望のように新たな道も生まれるかもしれないが、それはまた別の話だ。

 世界を渡って直接会うことはできなくても、水晶公を慕ってくれていたクリスタリウムの人々は、こうして彼女を介して自分に様々なものを届けてくれる。

 中には手紙が多いけれど、新しく開発された商品や収穫、製作された食べ物のお裾分けなど多岐にわたる。徐々に復興しているとはいえ、あちらだって決してゆとりのある生活ではないだろうに、こうして届けてくれる気遣いは素直に嬉しい。水晶公として長い時を過ごした世界のことは今でも気になるけれど、元気だと便りを貰えるだけで充分すぎるほど幸せだった。

「いつも届けてくれてありがとう」

 礼を告げてから、彼女が持ってきてくれた手紙に目を通し始める。彼女はにこにこしながら紅茶と菓子を用意していた。皿の上には、オカワリ亭のコーヒークッキーも乗っている。

「あの二人結婚したのか。よかったなぁ。……あ、結婚したって言ってたあの子、子供ができたんだな!」

 グ・ラハ・ティアは手紙を読み進めながら、良い知らせに顔をほころばせていた。

 そんな様子を、英雄の彼女は同じように嬉しそうに見ていた。

 何通か読み進めて、ふと気づく。

「ずいぶん、おめでたい報告が多いな」

 結婚した、子供ができた。そんな話が何件も来ていた。

「もう少ししたらベビーブームになるよ!」

 楽しそうに彼女は言った。

 平和になって、未来に希望が持てるようになって、そうした話が増えたのだとは思う。安心して子供を育て、未来を作っていけるようになったのは、歓迎すべきことだ。それにわざわざ手紙という形で報告してくるのだから大きな出来事になるのもわかる。

 それでも、多い気がする。何より、若い世代だけでもなく、既に大きな子のいる夫婦にもそんな報告があったりして。

「人が減った分、増やそうとする動きでもあるのか」

 人口のバランスが崩れると、直後に出生率が増える、なんていう統計もあったはずだけれど。何かそうした力が働いているのかもしれない。そんなことを考えながら、今度は箱の中に入っているものを見て、グ・ラハ・ティアは首をかしげた。

「薬?」

 開発された新製品だろうか、と何気なく瓶のラベルを見て、グ・ラハ・ティアは固まった。手におさまるくらいのサイズの、薄い緑色の液体が入った小瓶、そこに添えられていたメモを見て、瓶を取り落としそうになった。

 そこに書かれていたのは『闇の戦士謹製! 夜のお供に!』などとラベルに貼られた、いわゆる、その。

「あんた仕事選んでくれ!?」

「えっ、なんで?」

 グ・ラハ・ティアは顔を真っ赤にして叫ぶが、とうの彼女はきょとんとした顔をしている。

 彼女が職人としても一流なのはクリスタリウムでも知れ渡っていたが、それにしても。堂々と名前を出して売り出されているのが、精力剤だなんて。

「ミーン工芸館と共同開発したんだよ。今後は絶対に需要がある! って言うから」

「うん、まあ、需要は確かにあるみたいだけどな。……そうじゃなくて」

 その瓶に添えられたメッセージには、こう書いてあった。

『水晶公も、彼女と仲良くしてくださいよ!』

 と。続く言葉も、クリスタリウムの男衆からのメッセージだ。

 仲良くってなんだよ。とか、効果は保証します! じゃないんだ。とか、言いたいことは色々とあったけれど上手く言葉にはならなかった。